複雑な気持ちになる本「先生、どうか皆の前で褒めないでください」

新卒の教育を任されて悩んでいたときに読んだ本。
結果、余計に悩みが深まってしまったのだけど、とっても好きな本なので
何が好きかを忘れないようにここでメモ。

基本情報

タイトル:先生、どうか皆の前で褒めないでください
著者:金間大介
発売日:2022年3月
発行所:東洋経済新報社

著者について

金沢大学融合研究域融合科学系教授。
元々は物理情報工学など理系の研究をなさっていたそう。
読了した印象では納得の経歴。偏見だけど、The・賢い理系の楽しい人が書く文。

要約という名の読み応えポイント

主題は何?

いわゆる若者、特に大学生を「いい子症候群」という言葉で解説している。
真面目で素直と評される一方で、打たれ弱く、繊細で、何を考えているかわからない、とも言われてしまう彼らの性向をコミカルかつシニカルに示してくれる。
文章が皮肉たっぷりで面白い。ただ、大学の先生ということもあるのか「いい子症候群」の若者達への愛情が透けていて全く嫌な気持ちにはならない。ほんと好き。

いい子症候群ってどんなキャラクター?

作中でうわわ、と思った「いい子症候群」の特徴をいくつか抜粋してみた。

  • 絶対に目立ちたくない、それがいい意味であっても
  • 言われたことはやるけど、それ以上のことはやらない
  • 人の意見はよく聞くけど、自分の意見は言わない
  • 貢献した人もしていない人も、平等に扱ってほしい
  • とにかく人目は気になるし競争もしないけど、自分の能力を活かしたい
  • そこそこの給料をもらい残業はしないけど、自分の能力で社会貢献したい
  • 自ら積極的に動くことはないけど、個性を活かした仕事で人から感謝されたい

もう一つ、これは社会貢献に対する「いい子症候群」の方達のスタンスだそうだけれど、
仕事でも当てはまっているな、と思ったものがこちら↓

社会貢献とは:
貢献する舞台を整えてもらった上での貢献。
責任をとってくれる誰かがいて、調整してくれて、意思決定してくれて
その上で自分らしさを発揮するお膳立てをしてもらってするのが社会貢献。

もう怖い。
そんな児童みたいな大学生がいてたまるかと反射的に拒絶反応が出てしまう。
出てしまうんだけれども、割と自分にも思い当たる節があるので黙る。

「いい子症候群」の生きづらそうな生態

人生ハードモードだなぁ、と思った「いい子症候群」の生態も面白かったので、
こちらもネタバレにならない程度にメモ。

何かを決める時

自分の意見を言わない(言えない)彼らがどのように意思決定をするのか。

  • 誰かに決めてもらう
  • 例題にならう
  • みんなで決める

はい、面倒臭い。
社会に出たら誰も代わりに決めてくれないし、例題がない問題ばかりだし、みんなで決めるにしたって、全員が「いい子症候群」だったら、どうやって決断を下すのか。

この辺りの詳細な意思決定のプロセスは書籍で面白く解説されているのでぜひ読んでほしいところ。
特に「究極のしてもらい上手」の10ステップは必見です。
新卒の教育を担当していた時、このステップを目の当たりにして抗うのにかなりの精神力を必要としたのが懐かしい。(勝率3割で負け越し)

自己認識とのギャップ

競争も、残業も、意思決定もしたくない彼らは、自分をどう思っているのか?
書籍内で紹介されていたアンケートの回答が悲しすぎて、とても印象に残っている。

若いマネージャーと若者の両者に実施した、若者がどんな特徴を持っているかについての
アンケート結果を要約するとこうなった↓

双方そう思っている(マネージャーと若者の認識が一致している):
「真面目」「指示されたことはしっかりやる」

若者だけがそう思っている:
「指示しない事も自主的に」「何事にも率先して」「忍耐強く」「創意工夫する」

若者だけが、主体性や独創性を発揮できていると思っているわけだ。
悲しくて恥ずかしくて、みていられない。

「いい子症候群」の原因

さて、なんでこんなことになっているんでしょうか。
と、原因究明したいところだけれど実はこの特徴は若者特有というわけではなさそう。

この横並び、指示待ち精神は思いっきり日本人の特徴に当てはまる。
日本人に傾向が強いと言われるスパイト行動への対抗策なんだろうけど、
良い意味でも悪い意味でも目立つことはかなりのリスクを伴うし、勇気が必要。
有象無象の中から、「私」になるときの、あの透明な崖に踏み出すような恐ろしさは何なんだろう、と考え込んでしまう。

以下のような若者の心理についても考察されていた。
自分で決められない→自分の案が採用されるのが怖い→「自分のせいにされたらどうしよう」
競争への恐怖→「負けるのが怖い」

総じて、自分への自信のなさが根底にある。
起業しない理由も、能力・経験・知識不足が3大理由だそうだ。
元々日本人がこういう気質なのは置いといて、それが加速しているように思えるのはとても不思議。

本当に優しい…??

少し話がズレてしまうけど、若者の自己認識でもう一つ面白かったギャップがある。

紹介されているデータの一つに、若者の自己認識についてとったアンケートがある。
その中で、「自分は人より優れている」と思っている項目としては、「人の気持ちがわかる」
「思いやりがある」「よく相談を受ける」というものが上位だった。

これは、他の項目に Yes と回答することが、自惚れや評価、競争のイメージにつながるから
かもしれないな、と思う。
他の項目には「リーダーシップがある」や「創造的だ」「コミュニケーションが得意」などがあったけれど、これに Yes と回答するためには自信と実績がなければいけない。

そして若者にはその自信と実績がない。
(実績はあるが自信だけないケースも稀にある)

なので、比較的評価されにくい「優しさ」で自己肯定感をカバーする、という寸法だ。
思いやりあふれた若者にお目にかかる頻度がそう多くない、という個人的な経験からくる想像だけど。

好きなポイント

新卒の面接官と教育係の仕事に悩んで、答えのような、
「操縦術」のようなものを期待して読んだけど、そういう本ではなかった。
私自身や仕組みについて変えるべきところなど、根本について思考を促してくれた。

特に、就職に関する考察の中で、企業の求める人材像がいくつか書かれていたけど、
「いい子症候群」でなくても共感できると思う。
頑張って「主体的」に仕事をしたところで、それに見合う報酬は提供されていないのが現実で
こういうのについて、どうしていこうかな、と考えるのがとても楽しい。

① 企業は「主体性」や「実行力」を備える学生を強く欲しながらも、それを備える学生に対し明確なインセンティブを設けていない
② 学生は「主体的に動かれたし」というメッセージを企業からの搾取と感じ、むしろそのシグナルを発する企業を避ける傾向にある

優しい厳しさ

特に最後の2章が好き。
個人的にはここが一番大事。

自信がなくても、勇気を振り絞って何かをしようという意欲すら失わせるような仕組みを
放置してきた大人が、若者に期待する権利はない。
というような、身勝手な大人への戒めの章。

「普通」や「平凡」で良いという若者たちに、いい加減に夢から覚めなさい
という檄と共にどうやって社会と向き合えば良いのか指針を示してくれる
「いい子」たちのための章。

総合して、大人は身勝手に期待してないで、背中で語れ、ということ。

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